ヨーロッパから世界各地へ(15世紀初頭-現代)

ヨーロッパ諸国へのコーヒーの広がりは、15世紀初頭のベネチアを皮切りに、ヨーロッパ全土へと浸透していきます。

ローマでは、イスラム教徒の飲み物をキリスト教徒が飲むのはどうかと、賛否両論が持ち上がります。当時の法王クレメンス8世は「悪魔の飲み物といわれるのにこんなにおいしい。これを異教徒に独占させておくのはもったいない」と、コーヒーに洗礼を施してキリスト教徒の飲み物として受け入れました。

イギリスではコーヒーハウスが数多く作られ、紳士の社交場として人気を博しました。男たちはここで政治を語り文学を論じ、ビジネスを展開しました。

当時コーヒーハウスに入れるのは男性だけで、中には家に帰らずに入り浸る男たちも現れる始末。そこで1670年代にはコーヒーハウスの閉鎖を求める主婦たちの嘆願書が出されています。

フランスにもトルコ・コーヒーが伝わります。コーヒーはフランス上流階級をも魅了してやがてサロンが数多く作られ、新しい文学や哲学や芸術も生まれました。その波は一般市民にも及んで、あふれるほどの街角のカフェを生み出していきます。

特に15世紀末に誕生した「カフェ・プロコプ」にはルソーやバルザックなどの文化人が次々に集い、知的サロンとしてにぎわいました。

やがてフランスでドリップ式が、イタリアでエスプレッソが考案されて、コーヒーを飲むスタイルが徐々に変化していきます。

これだけ世界的に人気のあったコーヒーですから、その栽培に興味を持った人たちもたくさんいました。13世紀にはメッカへの巡礼者たちが大量の生豆を持ち出し、それが各地に植えられ、17世紀にもインド人のババ・ブーダンがイスラム巡礼の際に、メッカからコーヒーの実を盗み出して南インドのマイソールに植えています。

また、18世紀前半にはフランス海軍の将校ド・クリュー自分の飲み水を注いでコーヒーの苗木を守り、フランス領マルチニーク島に運んだという話が残っています。これがやがて中南米へと広がって行たのです。こうしてコーヒーの広まりと同時にコーヒーの栽培も世界各地に拡大していったのです。


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