自覚症状がないまま脳内で小さな出血が起きる「微小脳出血」。コーヒーを飲む男性にはこの発症が少ないという報告がある。

 脳梗塞と脳出血、くも膜下出血など脳の血管に障害が起きる脳卒中は、がん(悪性新生物)、心疾患、肺炎に次ぐ第4位の死亡原因となっている(脳卒中を含む脳血管疾患)(図1)。

脳卒中は、脳の血管がつまったり、破れたりすることによって脳細胞へ酸素や栄養分が行き渡らなくなり、やがて脳細胞が死んでしまう。左右どちらかの半身がマヒして体が自由に動かせなくなるケースが多いのは、脳細胞が死んでしまったためその部位をコントロールできなくなるからだ。

今回紹介する研究は、この脳卒中の予測因子(個人が特定の疾患や障害を生じるリスクを増大させる可能性のある状況や条件)の1つである「脳小血管病」とコーヒー摂取の関係である。

脳卒中のリスクを、回避、警告したい。

 この研究を行なったのは、学校法人聖路加国際大学 聖路加国際病院 脳神経外科部長を務める篠田正樹さん。脳外科医として脳卒中の患者を治療している。

篠田さんは小学校1年生のときに交通事故による頭部外傷で開頭術を受けた経験からこの道に進んだ。子どもの脳神経を再生させる治療法を探すため、神経細胞の移植に関する研究でスウェーデンに留学した経験もある。主な専門分野は脳脊髄液だ。

聖路加国際病院の脳ドックは、脳MRI検査、脳・頚部MRA検査、頚部超音波検査を行なう。年間約900人が外来と入院(宿泊)で受診しており、篠田さんはその多くを診ている。
「今は健康な日々を過ごしている人でも、脳卒中を引き起こすリスクを抱えている人は、少なくないのです」(篠田さん)

語源が「脳に突然(卒)あたる(中)」であるように、脳卒中はある日突然発症する怖い病気だ。篠田さんは脳ドックの受診者を診るなかで「あらかじめ危険を回避、あるいは警告することはできないだろうか」と考えるようになり、ここ数年は脳ドック関連の研究を進めている。

気づかないうちに、脳内で小さな出血。

 篠田さんが興味を抱いたのは脳卒中を引き起こす要因となる脳小血管病の1つである「微小脳出血」だ。脳小血管病とは、微小脳出血と無症候性脳梗塞、大脳白質病変を指す。

微小脳出血は本人に自覚症状がないなか、脳に1cm未満の出血が起きる病気で最近の研究で注目されている。脳内で密かに起きるため「隠れ脳出血」とも呼ばれている。MRI検査では2~5mmほどの出血を見つけることができるが、出血が6カ所以上あると大きな出血、つまり脳出血につながる恐れがあるという論文がある。複数もっていると認知症になりやすいといった報告も相次いでいる。

微小脳出血は、脳の深い場所で起きる場合と表面で生じる場合とで違いがあるとされている。
「深い部位で小さな出血が起きると動脈硬化を反映して、将来、脳卒中に関係する変化につながると考えられています。また、表層の場合の研究はまだ少ないものの、老化を反映して認知症との関連が疑われています」

微小脳出血は(1)血圧が高い人、(2)高齢者、(3)男性に多く発生する特徴がある。しかし、その病態は完全にはわかっていないそうだ。

一方、無症候性脳梗塞と大脳白質病変は「隠れ脳梗塞」と呼ばれている。無症候性脳梗塞は、症状がほとんどなく、本人も知らぬ間に脳梗塞になっているもの。大脳白質病変は加齢が主な原因で、脳に水分を多く溜めてしまう。神経が傷つくわけではないので日常生活に支障はないが、だんだんと神経が途切れていずれは神経の接続が疎になってしまう。

こうした脳小血管病を多く抱えていると、将来的に脳卒中になる危険性が高い。

脳卒中の前段階に、コーヒーが効く?

篠田さんは、脳卒中の予測因子である脳小血管病とコーヒー摂取の関係について調べた。

2013年4月から2014年3月まで、聖路加国際病院で入院脳ドックを受診した455人を対象にアンケート調査を行なった。同院の看護師やスタッフが受診者にアンケート用紙を手渡して、本人の同意を得たうえで聞き取った。
そうしてコーヒーの摂取状況(コーヒーの摂取量、年数、頻度、種類)を尋ね、脳ドックの所見と併せて検討したのだ(図2)。

※クリックで拡大します。

コーヒーに着目したきっかけとして、篠田さんは2つの先行研究を挙げている。
1つは世界でもっとも権威ある週刊総合医学雑誌『The New ENGLAND JOURNAL of MEDICINE』で2012年に発表された「コーヒーの飲用と死亡率の関係」の論文だ。アメリカの研究グループが糖尿病やがんなどにコーヒー飲用を絡めて調べた大規模な疫学調査だが、「コーヒーを習慣的に飲むことで脳卒中の死亡リスクは低下する」と報告されている。

2つめは、国立がん研究センターと国立循環器病研究センター、全国の11保健所、大学、研究機関、医療機関との共同研究として14万人超を対象に行なわれている「多目的コホート研究(JPHC研究)」。コーヒーを飲むことで、脳卒中の発症リスクがかなり抑えられることがわかった。(詳細は「コーヒーで下がる、脳卒中のリスク。」参照)

「コーヒーが脳卒中の抑制に効果があるとすれば、その前段階となる脳小血管病にも効果があるのではないかと考えました」

前述したように「あらかじめ脳卒中の危険を回避、あるいは警告することはできないだろうか」と模索していた篠田さんにとって、コーヒーは魅力的な素材に映った。
そこで脳小血管病とコーヒーとの関係を調べたのだ。

コーヒーを飲む男性は、微小脳出血が少ない。

脳ドックでの脳小血管病(微小脳出血、無症候性脳梗塞、大脳白質病変)との相関性を、単変量解析と多変量解析(複数の結果変数からなる多変量データを統計的に扱う手法)で検討した。

単変量解析では、コーヒーを常に飲んでいる男性はまったく飲まない男性に比べて脳小血管病が少ないという結果が出た。また、コーヒーを常に飲んでいる女性は、まったく飲まない女性に比べて大脳白質病変が少ないという結果が出た。

そして、多変量解析では、年齢、アルコール換算35g/日以上の飲酒常飲、現・喫煙者、体型の要素(BMI)を交絡因子(*)として加味した。すると、コーヒーを飲む男性は微小脳出血が少ないという結果が得られた。

「コーヒーを飲む習慣のある人では、飲む頻度にかかわらず、またお酒やタバコ、年齢を加味しても微小脳出血が少ないという結果が得られました」

また、コーヒーを飲む量(1日当たり)にコーヒーを飲んでいる年数をかけた「coffee cup years」では、飲む量が多いほど微小脳出血をもつ人が少ないという相関性も得られた。さらに、コーヒーを飲んでいる人は微小脳出血の「数」も少ないとの結果も出ている。

篠田さんはこれらの結果を「予想通り」と言う。
「先行研究から鑑みても、コーヒーは微小脳出血によい方向へ働くだろうと思っていました。大きな脳出血を起こした人には、微小脳出血が多く見られましたので、納得できる結果です」

無症候性脳梗塞と大脳白質病変については、多変量解析では有意差(統計上、ある事柄の起こる確率が偶然とは考えにくいこと)こそ出なかったものの傾向は見られるので、受診者の数が増えていけばもっとはっきりしたことが言えると考えている。

コーヒーのどの成分が効くのかは残念ながらわからない。「おそらくカフェインとポリフェノールの関係性ではないか」と篠田さんは推察するが、いずれにせよコーヒーには予防的効果があると言ってよさそうだ。

*交絡因子 調べようとする因子以外の因子で、病気の発生に影響を与えるもの。飲酒とがんの関連性を調べる場合、因子(飲酒)以外の因子(喫煙など)が発生率に影響を与えている可能性があるため喫煙が交絡因子となり、データを補正する必要がある。


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